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上海虹橋空港復活で思うこと (2)
上海の空港の歴史
中国民航発祥の地
上海の空港の歴史

■この黄浦江の西岸の龍華空港は、中国航空史上、文化的価値が高いとして、現在計画されている中国民航博物館の候補地のひとつとして、北京・天津・広州とともに挙げられている。

 また、上海市の北東・黄浦江が長江に注ぐ手前にも、ひとつの空港・江湾空港があった。

 1939年の日中戦争時、上海に侵攻した日本軍が強制的にこの付近の土地を接収し、村を破壊して空港を建設したもので、当時は極東最大の空港といわれ、どの方向からでも離発着ができるように、米字形の滑走路だったという。

 そんな歴史もあってか、解放後も中国空軍が管理していたが、1980年代以降、激増する外国人観光客の輸送力不足を補うために中国空軍が設立した中国聯合航空(KN)専用の空港として1994年まで利用された。

 もともと軍用であったがゆえに、ターミナルなどの旅客用施設はなく、管制塔と格納庫だけの殺風景な空港だった。廃止後は “もともとの自然景観を最大限に残し、環境に配慮” し、現在は多くの野鳥や植物が自生する湿地公園として、 “都会の中のノアの方舟” と親しまれている。

 上海には、他にも軍用の大場空港や崇明島にも空港があるらしい。

 上海という都市が歴史に登場してまだ150年そこそこだが、その歴史とともに歩んだ空港の栄枯盛衰の物語も興味深い。

 2007年9月、あの虹橋空港が再び国際線の表舞台に再登場してきたのは、当時の様子を知る身にとっては、なんだか80年代の往年のロック歌手の復活を見ているようで、懐かしくもあり、ちょっと嬉しい。

(スワンM.N)

終わり

 
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